思考にふわふわ漂うもの 26_4月号
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お願い
ブラケティングはできるだけしないでいただけるとたすかります。改行+スペースの書き込みはどこにでも歓迎です!
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目標・夏のアープラ季刊誌にのせられる文章をかく!
2026/04/26
どんなに繰り返そうとも結局ぼくにとってコミュニケーションというものは後付けのものでしかなくって、モニターを眺める観測者がぼくに生まれついた性質で、それを物足りないと感じる精神性すら後天的に得たものだから、何もかもを失ってしまうことがある。
2026/04/23
確信を持った呼びかけ、なにか大きなものを崇めるような呼びかけが心地いい。
メンズボカロ最高では?
2026/04/20
全身に満ちるほど蓄え溜め込んだ孤独と苦痛と自己嫌悪。もはや体温を保てなくなったがゆえに身体を包みこんだ毛布はすべてとの断絶をまねき、声帯はふさがり、泣いた痕跡はぬぐわれる。他人からの小さな拒絶の積み重ねが返り血のようにわたしの皮膚に染み込み、黒ずんでわたしの出血をごまかす。
2026/04/17
身体が震えている。きっと、きっと、痩せれる喜びだ。脂肪の死ぬよろこびだ。
人に自分から関わるということは、それが自分には返ってこないという孤独を身に受けるということで、でも、その孤独は私の行動が周りにとって「不要」だから起こることで、「不要」なことで周りを煩わせている私は「間違い」で、でも私は、周りがそんな「間違い」の「孤独」を身に受ける可能性をできる限り潰したくて、誰かの行動がそんなものに堕ちることに耐えられなくて、だから私は「間違い」つづけている。「私が隣を歩いていること」「私にいつでも話しかけられること」を私は常に愛する人間たちに提供するけれど、それが誰かを救えるわけじゃなくて、それは私が望んでいることなだけで、むしろ愛する誰かを傷つけることもあって、救った数は数えなくて、傷つけた数は数えて、私は孤独に震えて、でもそれが私が識った生き方で、それ以外の生き方はできなくて、それが私の宿命で、そのまま死んでゆく。みんなは、話しかけられる側、応じるか応じないか自分で決められる側になろうね。それが「間違わない」生き方だから。
2026/04/16
胃袋はただ痛いほどの空腹を伝えてくるばかりで、何なら口に含めるのか、何なら飲み込めるのか、そういったことは何一つ教えてくれない。骨密度と筋肉を削っていることは分かるのに、吐き気がとまらない。のみこむ液体の糖とカフェインは命を燃やしながら繋ぐだけで、燃え尽きてしまいたいという感情は一切消してくれない。カルシウムサプリとプロテインを買わなければ。
2026/04/12
バイトの疲労で勉強に身が入っていないと感じたので昨日はバイト終わってから完全休みの日にした。
ぼくを好きじゃねえやつ、つまりぼくをゴミ捨て場にしてもぜんぜん平気なやつの話とかろくに聞く気がしねえな。
因果応報、自業自得、というか、行動と結果をうまく結びつけて行動を改善することができない人って悲しすぎる
2026/04/07
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。ぼくはひとりになりたくなんかない!ぼくとペルソナが両方揃ってこその僕なんだ。ああもう、ないちゃいそう。溺れるほど愛されたい。溺れるほど愛されるのが僕じゃないのか。ぼくはそういう存在だったはずなのに。